2008年12月03日
バティックカード
バティックが貼ってあるハガキ。
バリ島にはそこいら中にヒンドゥー教の神様がいて、
信仰厚い人々はお供えものを欠かさない。
真新しい花や飾りがそこかしこに供えてあるのだった。
真ん中のカードは水玉のズボンに多少の違和感があるものの、
どう見てもスキーをするサンタクロース。
クリスチャンがいなくもないのだろうが、観光客用か。
下は二つ折りのカードで、バリ島らしいワヤン・クリ(影絵芝居)の図柄 。

2008年12月01日
ろうけつ染め
バリの、工房を見学できるお土産屋さんでくれた、
バティック(ろうけつ染め)の作り方。
作業中の布がいちいち貼ってある。
別の店で、1500円の領収書。何を買ったんでしょう?

2008年11月25日
VHSビデオテープ
3連休だったので、10年前バリ島&ジョグジャカルタに行ったときのテープを
DVDに移そうと引っ張り出してきた。
テープは同じツアーに参加していたおじさんのビデオカメラに
旅行初日からいっぱい映り込ませていただいたのを、ダビングしてもらったもの。
120分テープに3倍速でダビングされていて、画質はあまりよくない。
10年のあいだに劣化したのかもしれない。
とりあえず流しっぱなしでHDDにコピーすると、3時間30分あった。長い。2時間に収めたい。
ケチャックダンスとか、ラーマヤナ・バレエを切ってしまおう。
テープをもらったときに1回は見たと思うのだが、まったく覚えていない場所が映っている。
記憶にある部分はあたまの中のどのへんにしまわれていたのか。
今ビデオを見ると、おじさんは10年前すでに高齢なかただった。
このときに仲良くさせてもらった女の子達とは
いまだに年賀状を交換しているが、その後音信のないおじさんは、お元気だろうか。
2008年08月26日
20年近く前の韓国土産
韓国へはロッテワールドができたばかりの頃に一度、行ったことがある。
20年近く前だ。屋内をクルクル回りながら走るジェットコースターは画期的だった。
まだ屋外のアトラクションは完成していなくて
ロッテワールドホテルの窓から工事中の遊園地が見えた。
その頃は韓国海苔などというお土産があることを、知らなかった。
韓国のおみやげといえば、アメジストと毛皮!
韓国料理も知っていたのはキムチ、プルコギと、サムゲタンくらいのもので
トッポッキとかケジャン、チヂミなどなどなど覚えたのは最近のこと。
20年前の韓国土産を、まだ持っている。
韓国舞踊で被るらしいお面の柄のスプーンと、
お土産もの屋さんでもらった鮮やかな色の袋。
2008年08月22日
お土産三昧—韓国
弟一家が韓国旅行へ行って大量に買い込んできたチョコレートなど。
唐辛子のは、かわいい。
柚子や、石榴は、まあいいとして
キムチや韓国海苔のチョコレートって…
怖くて食べられません。
旅行前に韓国のオススメを聞かれたので(20年近く前に1回行ったことがあるだけ)
ロッテワールド民俗博物館の『模型村』と答えた。
朝鮮時代の庶民の生活やお祭り、伝統芸能といったものが細かく再現されたジオラマで、
やたらと平らな顔の、何百何千(?)体もの人形がミニチュアの暮らしの中に生きていた。
できれば模型村の写真を撮ってきてほしかったのだが、
甥タローのケータイに小さい写真が何枚かしかない。
愛嬌のある顔をした人形たちがとってもかわいいのに!!!
2008年08月18日
お土産三昧 — オニオンスープ
夏休み。
友人の北海道土産と、別の友人からもらったハイジの村土産。
みなさん夏休みの王道を過ごしていらっしゃる。
2008年07月14日
ホテルのてぬぐい
10年くらい前に、湯河原へ母と蛍を見に出かけた。
「子どものころは、ホタルを売りに来るおじさんがいた。(戦前の話)」という町で育った母と
故郷と呼べるような場所がない娘には、
夏の夜空を乱舞するホタルのひかりは憧れだった。
それ以前にも山梨までホタルを見にいったことがある。が、残念ながら確認できず。
湯河原万葉の森で、ワタシは生まれて初めてホタルを見た。
(そのときは乱舞というほどたくさんはいませんでした。)
宿で仲居さんに心付けを渡したら、
チェックアウトの時にこの手ぬぐいと、ちゃんと領収書までくれた。
2007年05月07日
マリスカル
バルセロナオリンピックのキャラクター『コビー』は、かわいかった。
スペインのデザイナー、ハビエル・マリスカルの手によるものだ。
マリスカルグッズをさがして
最後にバルセロナ空港で見つけたマッチとボタンカバー。
◎ハビエル・マリスカル
飛行機が成田に着陸すると、
「到着が大変遅れたことをお詫びいたします」のアナウンスが。
飛行時間は予定通りだったのに?そうか、丸一日遅れて到着したのだった。
おわり。
2007年05月02日
地中海沿岸のタコ

スペイン旅行の最終日、行く予定のないsitges(シッチェス)という町に
行く羽目になった。
バルセロナから1日1便の、モスクワ経由成田行きイベリア航空機が
欠航というトラブルに見舞われたのだ。
知らされたのは、空港で出国を待つ午前中。一日は始まったばかりだった。
急遽、航空会社が用意したホテルに案内される。
バルセロナ空港からバスで30分くらいの、海辺のリゾートに建つ
四ツ星ホテルであった。
添乗員さんがとても手際のよい人だったので、ワタシの参加していたツアーは
最初のバスに乗って、真っ先にチェックインできた。
オフシーズンのホテルは、一気にごったがえす。
4月のシッチェスは、日中は半袖で過ごせるほど暖かかった。というか、暑い。
スペイン中部のセゴビアでは雪が降っていたというのに。
昼ご飯のメニューは忘れてしまったが、晩ご飯は、確かカツレツ。
もちろん3食タダ、ワインも飲み放題である。
ホテルの部屋の電話から日本の母に、帰りが遅れると電話をしたが、
何故か記録に残っておらず、ワタシは電話代も支払わなかった。
昼過ぎ。日差しが強くてとても外には出られない。
シエスタなんていう習慣があることに納得である。
夕方になってから、海沿いの道を歩いて町の方へ出かけ、
同行のUさんと記念にタコのTシャツを買った。(MEDITERRANEO=地中海沿岸の)
お世話になった添乗員さんの分も買って
翌日、帰りの飛行機の中では3人でお揃いのTシャツを着ていたのだった。
ちなみに買ったばかりのTシャツは金色のプリントが美しかったのだが
何度も洗濯するうちに、ほとんど剥げてしまった。
つづく。
◎シッチェス観光局
2007年05月01日
紙

バルセロナでは、ガイドブックを見て是非とも行きたいと思っていた
『パピルム』という文房具屋さんに行った。
地下鉄に乗って、道に迷いながらもなんとか目的の店にたどり着き、
便せんと蔵書票を手に入れた。
本など持ってはいないのに、蔵書票。
つづく。
◎PAPIRUM

2007年04月27日
カサ・ミラのパンフレットなど

スペインほぼ半週ツアーには、成田から添乗員さんが同行して
毎朝詳細な行程表を配ってくれていた。
その行程表や、チケット、パンフレット、レシートまで、
なんでも捨てずにファイルしてある。
自分で書いた走り書きのメモが今や意味不明ではある。
モンセラ(スペインの建築家 アントニ・ガウディがインスピレーションを得ていたと
いわれる聖なる山。バルセロナの北西にそびえる)へ行った帰りに
ツアーバスを途中下車して、カサ・ミラを見に行った。
スズキさんご夫妻とご一緒させて頂いた。スズキさんお元気でしょうか。
ほかの人たちは、そのままバスで…どこへ行ったんだっけ?
ガウディにはあまり興味をもたれていなかったようだ。
つづく。
◎スペインを建築写真で楽しむサイト![t2a] the architecture arena
2007年04月25日
飛び出すガウディ

絵葉書のようにパッケージごと郵送できるようになっている。
このパッケージを広げて、メガネ越しにステレオ写真を見る。
ちょっとだけ立体的。
つづく。
2007年04月23日
楊枝

スペインに旅行したとき、爪楊枝を買った。
ずいぶんとオリエンタルなパッケージである。
楊枝にさして食べるスペインの一口料理『ピンチョス』とは、
そもそも『爪楊枝』のこと。
この楊枝は短いし、箱の横にCURE DENTSと書いてあるので
歯専用か?スペイン人も食後にシーシーするのだろうか??
日本のものと違って、両端ともとんがっている。
つづく。
2007年04月20日
ミハスの青いピン

アンダルシアの白壁の村、ミハス。
その街の宝石店で、これだけは宝石がついていないので安かった。
何本か買ってお土産に配り、1本だけ残っている。
つづく。
ウノ・ドス・トレス・クワトロ・シンコ。
5までしか数えられない。
「カフェ・コン・レーチェをトレスの、カフェ・ソロがウノ。
ポレファボール!」バルでコーヒーを注文したら
「それ、日本語でしょう。」と同行のUさんに言われた。
2007年04月18日
フラメンコの絵葉書

ドレスが布でできている。
…濃い。
スペイン旅行の心残りは
グラナダの洞窟で踊る、ジプシーのフラメンコを見られなかったことだ。
つづく。
2007年04月16日
スペインのコイン

EU統一通貨『ユーロ』導入以前の25ペセタコイン。
外国では穴あきのコインは珍しいのだそうだ。
スペインへ観光に行った1998年当時には、これが何種類も流通していた。
バルセロナオリンピック(1992年開催・左端の五輪柄コインは1990年発行)の後、
毎年、違う地方や都市をデザインして発行されたものらしい。
買い物をして、おつりに25ペセタコインをもらうのが楽しみだった。
直径19mm。
つづく。
2007年04月13日
皮革製品

スペインのお土産といえば、リヤドロとか象嵌細工。
高級品には縁がない。
皮革製品にも良い物があるらしく、マドリードに着くと
さっそく皮革製品屋(もちろんロエベではない)へ連れて行かれた。
ツアー御一行は買う気満々のようで、釣られてこんなものを買った。
蓋はみずいろで、底がオレンジ色の、コインケースまたは小物入れ。
つづく。
2007年04月11日
参考書
次、いつ旅行できるかわからないので1998年4月にスペインへ行った時のあれこれをならべて
懐かしんでみた。
10日間で、マドリード〜トレド〜セゴビヤ〜コルトバ〜グラナダ〜ミハス〜
マルベーヤ〜ロンダ〜セビリア〜モンセラ〜バルセロナ と、
スペインほぼ半周のツアーに参加したときのものだ。
往路飛行機の中で広げていたのは『バスセロナ建築たんけん』。
つづく。

バルセロナオリンピックが開催された年に発行された
月刊たくさんのふしぎ 1992年3月号(84号)
バルセロナ建築たんけん 藤枝雄司 写真・文
2007年04月09日
ブタの貯金箱

LAS VEGAS って書いてあればいいや、と思っているな?
姪がくれたおみやげ。
よし、これに500円玉貯金して、次の旅行に備えよう。
(次は、あるのだろうか。)
2007年04月06日
ホンコン
つづき
3日目は、香港が初めての姪と甥のために
九龍と香港島の観光コースを回る、よくあるツアーに参加した。
宝石工場やシルク店にも連れて行かれたけれど、奴らの興味を引くものではない。
やっとフリータイムだ。尖沙咀の安い雑貨やさんへ行こう。
ふたりとも1万円ずつお小遣いをもらって来ているので
両親や友だちへのおみやげを選ぶのに忙しい。

ガイドさんが持っていけというので、読めないけれどもらってきた。
夕食を食べた王子飯店に置いてあった
なかなかおしゃれなレイアウトの雑誌である。
よく見たら12.8元と書いてある。
ワタシたちが参加したツアーには4日目の朝食に『糖朝』が組み込まれていた。
至れり尽くせりである。
約10年ぶりの『糖朝』は、ぴかぴかの店になっていた。

中華食べ納め。
と思ったら、帰りのキャセイパシフィックの機内食には
ご飯の上に中華丼のような野菜炒めが付いていた。
そばに、カレーに、中華!

おわり。
2007年04月04日
HKDLにあって
TDRにはないアトラクション
ミッキーマウスは米奇老鼠と書く。ドナルドは唐老鴨。
HKDLの目玉は『ライオンキング』のショーである。
360°ステージのどこからも見えるけれど、会場に入って直ぐ右側の席が正面だ。
下調べをして行かなかったので、左側に座ってしまった。
『米奇幻想曲』はメガネをかけて見る3Dアトラクション。
マーメイドのアリエルが宝石をばらまいたところで
後ろの席に座っていた子どもに髪を掴まれた。
思わず手を伸ばしたくなるきもちは、よくわかる。
この2つはアナハイムのディズニーランドに行ってきたばかりの姪や甥も
「見たことない」と感動していた。
日本人観光客を抜いて、今もっとも多いのは中国人観光客だという香港。
HKDLには、ジャングルクルーズなど、広東語、北京語、英語と、
乗り場が3つに分かれているアトラクションが何カ所かある。
キャストのお姉さん(お兄さん)が上手だと、わからない英語でもけっこう楽しめるものだ。
この『泰山(ターザン)ツリーハウス』も、日本のパークにはない。

「オレンジジュースって言うか、みかんジュースだ、これ。」と、姪。
へええ〜。オレンジとみかんの違いがワタシにはわかりません。
でも、おいしかったので三人で2本ずつ飲んで、2本ずつ空き瓶を日本まで“持ち帰った”。
同じ血が流れている。姪も甥も伯母譲りの貧乏性である。
ただのペットボトルだ。どう見たってゴミだろう!

1本22香港ドルだから、日本円で350円ぐらい。
香港ディズニーランドの物価は高い。
つづく。
2007年04月02日
香港迪士尼樂園

香港ディズニーランドは山と海に囲まれ、オフィシャルホテルが2つある以外
回りには何にもなかった。
香港国際空港からは近く、ワタシと姪、甥の三人は香港到着後、直ぐ
ガイドさんの案内でディズニーランドホテルにチェックインして
夕方からパークに入った。
アトラクションの数も入場者の数も(土曜日だったのに)少なく、1日あれば全部見て回れそうだ。
ただし開園時間が10時から7時半まで(3月だったけど土曜日なのに)と短い。
のだが、
7時半になっても閉まる気配がまったく無いのは、お国柄だろうか。
湯水のごとく花火を使った夜のショーが7時半少し前に終わり、
ワタシたちも8時すぎくらいまではパーク内をうろうろして、
パークと2つのホテルを巡回しているバスでホテルに戻った。
夕食はディズニーランドホテル内の『Crystal Lotus』で中華料理のコース。
メニューが難しくて、コースしか頼めなかったのである。
さすがだ。高級そうな店なのに、ソースと、にんじんがミッキーマウス。
つづく。
2007年03月28日
旅行鞄

4〜5年前に1,000円で買った MONO COMME CA の旅行鞄。
押し入れから出すと中にはプレステ2の空き箱が入っていた。
春休みである。姪と甥を連れて、香港ディズニーランドへ行って来た。
“万が一”ということを考えて、旅行保険は一番高いのに入っておいたが
無事に帰ってきてしまうと、もったいなかった気もする。
安物のカバンにも、旅行帰りにシール(Hong Kong International Airport)が
貼られると、ちょっとかっこよく見える、かも。
2007年03月23日
おみやげ

ビミョ〜っていう言葉は、こういうときに使うんだろうなあ。
甥は、もっといっぱいくれようとしていたが、
友だちにあげればいいよ。といって、断ったのだった。
2007年03月16日
前回のアメリカ土産

10年くらい前に同じような行程で旅行したことを、まったく覚えていないと言って
甥タロー(仮名・15才)は両親をがっかりさせていた。
前回はおみやげに液体のバスバブルをもらった。
けっこう重いのに、ご苦労さまである。
そのおみやげのボトルが10年のあいだ、うちの風呂場に置かれたままだ。
2007年03月14日
73ドル

色も、手触りも、米ドル札はおもちゃっぽい。
しかし、この札は古いらしい。図柄が変わったのを、知らなかった。
1998年4月1日9時15分、東京三菱銀行で1万円を換金したら
手数料を引かれて、73ドルになった。
それがまるまる手元に残っていたのだが、何のために換金したのだろう?
1ドル136円。
きょうは1ドル116円ぐらいか。弟が旅行に出る前に、118円だと言っていた。
損した。
このまま持っていても使えないので、
アメリカ旅行に行く姪と甥に36ドルずつ渡して
何か買ってきてくれるのを期待している。
2007年03月12日
飛行機
春休みである。
「月曜日に(ビッグコミック)スピリッツ買っておいて」とか
「“あいのり”録画しておいて」(姪)
「“金スマ”(ヨメ)“花より男子”(甥)録画しておいて」などと言い残して、
弟一家がロス・ベガスへ旅行に行ってしまった。
浮かれた親子が、成田から同じような写真を送ってきた。
2006年07月21日
残ったお金

旅行に行って、帰りに銀行で換金するほど外貨が残っていることは、まずない。
空港の免税店で最後におみやげを買う時に
残った現地のお金を全部出して、足りない分はクレジットカードで支払い、
きれいサッパリ使いきりたい。
ところが最後に香港に行たときには、買いたいものもなくて
現金を持ったまま帰ってきてしまった。
いくらも残っていないけれど、これを使える日がいつか来るといいなあ。
2006年07月20日
出前一丁

4年前香港に行ったときは、こんなものばかり買ってきた。
極辛猪骨湯麺、香辣麺、XO醤海鮮麺とカップビーフン。
とっくに食べてしまったが、ちゃんと写真に撮っておいた。
胡麻ラー油はどれにも付いていなかった、と思う。
2006年07月18日
燐寸

1998年、ペニンシュラホテル70周年記念のマッチ。
敷居が高くて泊まれないので、せめておみやげに購入。
◎ザ・ペニンシュラ・ブティック
2006年07月14日
DM

1998年の香港行きの本当の目的は、飛行機に乗ること。
寄り道をしたり、航空会社主催のツアーに参加したりと、上手にマイルを貯めたら
2回アメリカに行っただけで、3万マイルになった。
ビジネスクラスでアジアの国へ行ける。
途中マイレージがカウントされていない区間があったので、航空会社へ請求もした。
一緒にマイルを貯めていた友人は航空チケットの半券をなくして請求できないと言う。
ビジネスクラスかそうでないかの瀬戸際である。
そうこうしているうちに、マイレージの使用期限も迫り、その友人はおめでたになり、
ワタシはひとり旅立つことに。
香港は中国返還後にチェクラップコック国際空港が開港したばかりで(事故もあった)
空港から市街は遠くなってしまったが、アクセスの問題はなさそうだ。
当時、ユナイテッド航空から送られてきたダイレクトメール。
太平洋便ビジネスクラスのシートがポップアップになっている。
ばかばかしいくらいに手がかかっている。
香港への往路はこの通りの座席で、うれしくなった。
2006年07月13日
糖朝のメニュー
1998年、今度はひとりで中国返還後の香港へ行った。
2泊3日、現地滞在時間は32時間。
お粥と雲呑麺を食べに行くのだ。

広東語がわからなくても、雰囲気でわかるメニュー。
このメニューに数を書き込めば注文できます(日本語のお料理紹介メニューも別にあった)。
青へんに見ると書いて、フォントがない。セイ?陳皮鮮蝦球粥 75香港ドルと
鮮果凍豆腐花 19香港ドルをオーダーする。朝ご飯である。
『糖朝』は当時すでに香港の有名店だったが、朝の店内は空いていた。
杏仁豆腐のようなものかと思ってたのんだ『鮮果凍豆腐花』は
日本のものと変わらない絹ごし豆腐と、スイカやメロンなどのフルーツが
甘いシロップに漬かっているデザート。軽くショックを受ける。
お粥も豆腐も、どんぶりで出てきた。ひとりで食べるにはボリュームありすぎ。
と思ったが、するすると平らげてしまう。
今は日本にも糖朝があるけれど、まだ行ったことはない。
2006年07月10日
マカオで泊まったホテルの便せん

香港の空港に到着すると、現地のガイドさんがツアー名を書いた紙を持って迎えてくれる。
大勢でバスに乗って、観光名所を回るようなツアーがけっこう好きだ。
香港・マカオの旅も、そんなツアーに参加したつもりだったのに、
母とワタシのふたりにガイドとベンツと運転手が付いた。
最小催行人員2名様のツアーではこんなこともあるのか。
リムジン…何様のつもりだ?!というか何?この仕打ちは!
貧乏で小心な母娘にとっては、かなりの緊張を強いられる旅となったのであった。
ホテルは少しだけ良いところを選んだが、それほど高額なツアーではなかったはずだ。
とても気詰まりである。
ガイドさんの説明に相づちを打たなければならないので、車での移動中も
居眠りなどできない。
ガイドさんが勧めてくれるものをひとつも買わないのは気が引けるので、
5本指の絹のソックスだとか、ウーロン茶を買う羽目になった。
2006年07月07日
マカオのニワトリ

香港は楽しいので、旅行に母を誘った。
香港が中国に返還される前の1996年のことだ。
母は初めての海外旅行。ワタシは二度目の香港だったので、
マカオにも1泊することにした。
香港からジェットフォイルでマカオへ。
パスポートの出入国スタンプが増えるのはうれしい。
マカオもまだ、ポルトガル領だった。
マカオのニワトリだと思っていたものは
ポルトガルのシンボルとも言われる「バルセロスのガロ(雄鶏)」
ワインなんて飲まないのに、ワインボトルの栓を買った。
2006年07月06日
っぽいもの
買い物天国・香港。しかしブランドものにはあまり興味がないので、
香港へ行くとこういう民芸品風の豚のほうが、ほしい。コブタ付き。
かぱっと開くと携帯用ソーイングセットになっている。
ハサミの形が日本のものとは違うでしょう。
そしてあまり実用向きではない、1つ10円とか20円で買えるタイガーバーム。
この紙袋に極小サイズの缶が入っていたのだけれど
中身は溶け出す危険があるので、取っておくのは袋だけにした。
香港っぽい図案の膏安心保(HEALING BALM)にも心惹かれる。
2006年07月03日
ピークトラム

初めての海外は、友人と三人で香港へ行った。
母とふたりで海外旅行したのも、香港。
一度はひとりで行き、
いちばん最近(といっても、もう4年前)行った海外も
とあるコンサートを観賞するために友人と参加した香港ツアーだった。
最近の情報は何もありません。
パンフレットや領収書を貼り付けたノートがある。
夜景で有名なビクトリアピークに登るためのケーブルカー『ピークトラム』の
1988年のチケットと1998年のチケット。10年経つと、こんなに変わる。
香港ツウの人は「ビクトリアピークからの帰りはピークトラムには乗らず、
ニミバスで下りてくる」と言っていた。
バスがカーブで曲がるたびに、下界のイルミネーションが迫ってくるのがいいらしい。
そこで、ひとりで香港に行ったときに、このミニバスに乗車してみた。
料金がわからず、山頂のバス停で前に並んでいた女の子に手持ちの小銭を
広げて見せると、これとこれを払えばいい。と日本語を交えて教えてくれた。
日本人に友好的なのであった。
2006年06月30日
香港ビューアー

近頃はどこにも行っていないが、年に1回くらいは旅行に行きたいものだ。
旅行に行くと、なんでこんなものを?とあきれるような買い物をしたり、
資料が増えたりする。
最初の香港旅行で買った、いかにもなお土産。
前面がルーペになっているビューアーのおもちゃで、
スライドが昼・夜景、各20枚ついている。
結構気に入っているのだが、どの景色も20年以上前のもの。
香港在住の日本人ガイドさんが
「100万ドルの夜景といわれますが、本当は400万ドルの夜景です。」
ビクトリアピークからの夜景をそう説明してくれたのが約20年前。
香港政府観光局によると、今年は「2006香港旅行年」。
香港島にはいつの間にか見たことのないビルが建っているし、
夜景だってこんなものじゃないはず。
2006年05月01日
スタンプ

アドマックスに古くからいる皆さん、覚えていらっしゃいますか。
1990年7月6日、7日、8日。札幌〜函館への社員旅行を。
ワタシは前のシャチョーに「北海道へ連れて行ってあげるよ〜」と言われて
この会社に入った。
まだタコ社長がいなくて、きれいな女子社員もいっぱい(?)いた頃である。
ちょっと計算したくないほど長く、ワタシもこの会社にいるのである。
さて、社員旅行でワタシは『スタンプを押す』という作業に情熱を燃やした。
そこにスタンプとスタンプを押しても構わない紙があれば、押さないわけには
いかない。
観光地北海道は、どこに行ってもスタンプが置いてあった。
分かり辛いところに置いてあるのも、めざとく見つけなければ。
そうして旅行中にゲットしたスタンプが23コ。社員旅行の行程表に押してある。